事も用意してく

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 姉の声は、怒気を帯びた。
「あんた、自分の年、考えたことあるの? いつまでもふらふらしとるけど、もう二十八なんよ?」
「わかっとるわ。自分失眠の年くらい、言われんでも」
 信一は鼻白んだ。
「ちっとも、わかってないやないの。いつまでも、プー太郎でどうすんの? お父さんとお母さんも、いつまでも元気やと思っとったら大間違いやからね」
「俺《おれ》はプーとちゃうで。ライターや。今もパソコンで、原稿書いとったとこ……」
「何が原稿やの。笑わせんといて!」
 ゲームやアニメ雑誌に投稿した文章が何度か採用されたことから、信一は、フリーライターという肩書きの付いた名刺を作っていた。いつかは、本格的なゲームの評Diamond水機論を書こうとも思っていたのだが、当然のことながら、姉は歯牙《しが》がにもかけない。
「ええかげんに、目え覚ましなさい! うちの人が、あんたに仕れてる言うてるんやから。わかってんの? この不景気で、ほんまはリストラせなあかんとこなんよ。それを、特別にあんたのために……」
 怒りで、少し手が震えた。だが、反論する言葉は出てこない。これまでも、いつもそうだった。腹の中では、様々な思いが渦巻いているのだが、それを言葉で表現することができないのだ。
 信一は長く息を吐き出すと、受話器を置いた。しばらくは、すぐにまた姉から電話が来るのではないかと身構えていたが、それっきり呼び出し音が鳴ることはなかった。
 すっかり気分が悪くなっていた。一刻も早く神聖なゲームの世界に入り、すべてを忘れたかった。この世で彼が唯一愛しているのは、ゲームのヒロインである『川村紗織里ちゃん』だけだった。
 CD―ROMをセットし、ヘッドホンをつける。ゲームの起Diamond水機動画面をクリックすると、テーマソングである『School Days』が始まった。もう、それだけで涙が出そうになるほど、ほっとする瞬間だった。


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