荒かった所為

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自宅に戻り、シャワーを浴びてから桐谷はキッチンに立った。
男の一人暮らしにしては手入れが行き届きすぎているキッチン。
仕事で毎日調理をしているが、自身が摂る食事もほぼ毎食自炊をしている。
仕事でもプライベートでも、料理をすることは好きだった。
個人的にグラタンを作った事はなかったが、以前店で出していたため、レシピの概要は頭に入っている。
具材をどうするかまだ決めかねていた桐谷は、冷蔵庫を開けた。

手早く2人分を調理し、後はオーブンに入れるだけの状態になったところで、オーディオのFMから22時を告げる時報が鳴った。
グラタンの焼き時間は短いから、食べる直前に焼き始めればいい。
すぐに使えるようオーブンの主電源を入れておいたが、23時を過ぎてもアキは戻って来なかった。

”二度と来ない”という可能性も十分あるとは考えていたが。
今朝の戸惑った表情が思い浮かぶ。
恐らくアキは普段、同じ人間の家に再び帰ることはない。
何となく、そういう印象を受けた。
嘆息して冷蔵庫から缶ビールを取り出し、一口呷ると、不意に思い立って、桐谷は玄関に足を運んだ。
我ながら意味の無い行動だとは思ったが、身体が動いた。
想像通り、扉の向こうにはいつもと同じ静かな夜の風景と、冷えた空気があるだけだった。

―何やってんだ、俺は。
自嘲して扉を閉めようとした時、直感が走った。
瞬時に、その直感は確信に変わる。

非常階段。
昨日と同じ場所。
桐谷は迷わず部屋から出て、踊り場の前に立った。

―。。。やっぱり。

階段の隅にうずくまる人の姿があった。
その手には、今朝桐谷が貸してやったコートを大事そうに抱き、膝を抱えて俯いている。